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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6327号 判決 1995年6月19日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

彦坂浩一

三輪和夫

中島義勝

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

鈴木醇一

主文

一  被告は、原告に対し、金一五三万二八五〇円及びこれに対する平成五年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一、を原告の、その余を被告の、それぞれ負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一七〇〇万二二六〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告会社の新宿駅西口支店(以下「被告支店」という。)で株式の売買を行ない、日商岩井の株式一万九〇〇〇株(一株一二〇〇円で二二八〇万円)を購入していたが、右日商岩井株は、平成二年五月初旬頃には一株八〇〇円(合計一五二〇万円)程度まで下落し、損失が生じた。

2  原告は、平成二年五月六日の夜、被告支店で原告の取引を担当していた訴外堀本和城(以下「訴外堀本」という。)から電話を受け、「損を重ねさせてすまない。すぐ五〇〇〇万円にして一挙に取り戻すので、現在保有している日商岩井の株を売却して日商岩井のワラント(新株引受権証券)を買ってほしい。」、「絶対に儲かる。株式投資だけでは損失を埋めるのは難しい。損を取り戻して儲けるにはワラントしかない。この商品は絶対安全だ。」と執拗に勧誘され、藁にもすがる思いで日商岩井のワラントを購入することを決意した。

3  原告は、平成二年五月七日、日商岩井の株式一万九〇〇〇株を一株八〇五円、合計一五二九万五〇〇〇円で売却し、(この売却による損失は七五〇万五〇〇〇円)、その資金で一ワラント額面五〇〇〇ドルの日商岩井のワラント(固定為替レート一ドル一二八円一五銭、行使株数は730.12株、行使価格は一株八七七円六〇銭、行使期限は平成五年二月二四日)を額面の一六パーセント(但し、以下では、パーセントを取引実務上の用語である「ポイント」という。)である八〇〇ドル(適用為替レート一ドル一五八円三七銭で一二万六六九六円)で、一一〇ワラント(合計一三九三万六五六〇円、以下「本件ワラント①」という。)を購入した。

4  日商岩井のワラントは、一時やや上昇したものの、平成二年八月三一日には額面の8.5ポイントである四二五ドル(適用為替レート一ドル一四四円四五銭)まで下落し、一一〇ワラントで合計六七五万三〇三八円となり七一八万三五二二円の評価損となった上、平成三年五月三一日には額面の3.0ポイントである一五〇ドル(適用為替レート一ドル一三七円八五銭)まで下落し、一一〇ワラントで合計二二七万四五二五円となり一一六六万二〇三五円の評価損となった。

5  このような評価損を出している中で、原告が被告支店の訴外高橋宏(以下「訴外高橋」という。)に対して、「買増して価格を薄めたら、少しでも損害を回復できるか。」と相談したところ、原告は、訴外高橋から、「それはいい考えだ。絶対に成功する。そうすべきである。」と言われて勧誘され、平成三年六月二七日、額面の2.0ポイントである一〇〇ドル(適用為替レート一ドル一三九円三五銭)で、二二〇ワラント(合計三〇六万五七〇〇円、以下「本件ワラント②」といい、右①及び②を合わせて単に「本件ワラント」という。)を購入した。

6  しかし、日商岩井のワラントは、その後も下落し続けて、平成三年八月三一日には額面の0.25ポイントである12.5ドル(適用為替レート一ドル一三七円一五銭)に下落し、原告が購入した合計三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)の価値は僅か五六万五七四四円となり一六四三万六五一六円の評価損となり、平成四年五月二九日には額面の0.01ポイントである0.5ドル(適用為替レート一ドル一二九円〇五銭)まで下落し、本件三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)で僅か二万一二九四円となり一六九八万〇九六六円の評価損となった。その後、日商岩井の株価も本件ワラントの行使価格である一株八七七円六〇銭を上回ることなく行使期限である平成五年二月二四日を経過し、原告が購入した本件ワラントはすべて消滅して、原告は、本件ワラントの購入代金一七〇〇万二二六〇円相当の損害を被った。

7  被告の不法行為責任は、次のとおりである。

(一) ワラントは、その仕組が複雑で日本で馴染みが薄い商品であり、株式以上に値動きが急激で投機性が高く、場合によっては投資金額全額を失う危険性もあるハイリスク、ハイリターンの商品であるから、一般投資家に対して販売するには不適切な商品である。しかも、本件のような外貨建てワラントについては為替差損の危険性も加わるので、証券会社の職員は、顧客に外貨建てワラントの購入を勧めるに際しては、ワラント取引の仕組みやその投機性、危険性はもとより、ワラントの行使価格、行使期間、プレミアム等の基礎的な事項や当該外貨建てワラントに関する取引の現状のほか、為替市場の動向等についても十分に説明し、これらの点について顧客が十分に理解していないときにはワラント取引をしてはならない義務があるというべきである。

(二) それにもかかわらず、被告支店の訴外堀本は、原告に対し、右のワラント取引の仕組みや日商岩井のワラントに関する基本的な情報や為替市場の動向等について説明をしないまま、「危険はない、絶対に儲かる」などと断定的判断を示して本件ワラント①を購入させ、さらに、訴外高橋は、日商岩井の株価がワラントの行使価格よりも低い状態のまま行使期限が迫っていてワラント価格が回復する見込もないのであるから、日商岩井のワラントを勧誘したり売りつけてはならないのに、損を取り返すとの名目で本件ワラント②を買増しさせて、結局、原告に合計一七〇〇万二二六〇円の損害を被らせた。

(三) そして、右に記載したの訴外堀本及び訴外高橋の原告に対する各行為は、被告の従業員としての立場で、しかも、その職務の一環としてなされたものであるから、被告は、民法七一五条により使用者責任を負うべきである。

8  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件ワラントの購入代金相当額である金一七〇〇万二二六〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は、認める。

2  請求原因2記載の事実のうち、原告が被告支店の担当者である訴外堀本から電話で日商岩井のワラントを購入するよう勧誘されて右ワラントの購入を決意したとの点は認めるが、その余の事実は否認する。

なお、被告支店での原告の担当者は、当初から昭和六三年七月までが訴外近藤敬治、昭和六三年七月から平成三年五月までが訴外堀本、平成三年五月かも取引終了時までが訴外高橋である。

3  請求原因3及び4記載の事実は、いずれも認める。

4  請求原因5記載の事実のうち、原告が平成三年六月二七日に被告から原告主張の内容で本件ワラント②を購入したことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求原因6記載の事実は、認める。

6  請求原因7記載の事実については、次のとおりである。

(一) 同(一)のうち、ワラントが日本では馴染が薄い商品であり、株式以上に値動きが急激で投機性が高く、場合によっては投資金額全額を失う危険性もあるハイリスク、ハイリターンの商品であること、本件ワラントが外貨建てワラントであったこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は不知、法的主張は争う。

なお、原告は、日商岩井の本件ワラントを購入する以前に何度もワラント取引を経験しており、ワラント取引が相当にリスクを伴なうものであることを熟知していた。

(二) 同(二)のうち、訴外堀本及び訴外高橋が被告支店の従業員であること、原告が被告から本件ワラント①及び②を購入したことは認めるが、その余の点は否認する。

平成二年五月一六日頃、日商岩井の株価が九九〇円に値上りして、そのワラントも二〇ポイントまで値上りしたので、訴外堀本は、原告に対し、本件ワラントの売却を勧めたが、原告は、さらに値上がりするのを待ちたいといってこれを断わった。結局、原告は自分自身の相場観に従った結果損をしたものであるから、被告に責任はない。

(三) 同(三)のうち、訴外堀本及び訴外高橋が被告の従業員であること、同人らの行為がその職務の一環としてなされたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

7  請求原因8は、争う。

三  抗弁

1  原告は、住友商事傘下の有力なスーパーマーケットである「サミット・ストアー」の専務取締役であって、昭和六一年一二月一二日頃被告支店に来店して取引口座を開設したが、それ以来、被告支店で別紙「売買取引計算書」記載のとおりの取引を行ない、ワラントに関する取引も今回が初めてではない。すなわち、原告は、昭和六二年一〇月五日にメルシャン・ワインのワラントを買付けたのを手始めに、同日一六日には小田急電鉄のワラントを買付けて、昭和六三年三月一六日には右メルシャン・ワインと小田急電鉄のワラントを売付け、平成元年一月九日には神戸製鋼所のワラントを買付けて同月一八日にこれを売付けた。そして、右同日、東洋建設のワラントを買付けて同月二三日にこれを売付けたほか、同年三月一日には再び神戸製鋼所のワラント買付けて同年四月一二日にはこれを売付け、同年一二月一三日には大阪瓦斯のワラントを買付けて、同月二七日にはこれを売付けるなどの取引を行なっていた。

2  平成三年六月二七日に購入された本件ワラント②に関する取引は、原告から訴外高橋に対して買受けの希望があったものであり、訴外高橋が勧誘したものではない。

3  このように、原告は、ワラント取引がハイリスク、ハイリターンの危険を伴なう取引であることを熟知して本件ワラント取引を行なったものであるから、仮に、被告に何らかの責任があるとしても、相当の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2記載の事実は認めるが、抗弁3の原告にも過失があるとの主張は争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、理由中に挙示した書証はすべて真正に成立したものと認められる。

理由

一  当事者間に争いがない事実

1  まず、請求原因1記載の事実(原告が被告支店で日商岩井の株式一万九〇〇〇株(一株一二〇〇円で二二八〇万円)を購入したが、平成二年五月初旬頃には一株八〇〇円(合計一五二〇万円)程度まで下落して損失が生じていたこと)、請求原因2記載の事実のうち、原告が被告支店の従業員である訴外堀本から電話で日商岩井のワラントを購入するよう勧誘されて右ワラントの購入を決意したこと、請求原因3記載の事実(原告が平成二年五月七日に日商岩井の株式一万九〇〇〇株を一株八〇五円、合計一五二九万五〇〇〇円で売却し(損失は七五〇万五〇〇〇円)、その資金で一ワラント額面五〇〇〇ドルの日商岩井の本件ワラント①(固定為替レート一ドル一二八円一五銭、行使株数は730.12株、行使価格は一株八七七円六〇銭、行使期限は平成五年二月二四日)を額面の一六ポイントである八〇〇ドル(適用為替レート一ドル一五八円三七銭で一二万六六九六円)で一一〇ワラント(合計一三九三万六五六〇円)購入したこと)、請求原因4記載の事実(日商岩井のワラントは一時やや上昇したものの、平成二年八月三一日には額面の8.5ポイントである四二五ドル(適用為替レート一ドル一四四円四五銭)まで下落し、一一〇ワラントでは合計六七五万三〇三八円となり七一八万三五二二円の評価損となったこと、平成三年五月三一日には3.0ポイントである一五〇ドル(適用為替レート一ドル一三七円八五銭)まで下落し、一一〇ワラントで合計二二七万四五二円となり一一六六万二〇三五円の評価損となったこと)、請求原因5記載の事実のうち、原告が平成三年六月二七日に被告から原告主張の内容で本件ワラント②を購入したこと、請求原因6記載の事実(日商岩井のワラントが下落し続けて平成三年八月三一日には0.25ポイントである12.5ドル(適用為替レート一ドル一三七円一五銭)に下落し、原告が購入した合計三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)で僅か五六万五七四四円の価値しかなく一六四三万六五一六円の評価損となり、平成四年五月二九日には0.01ポイントである0.5ドル(適用為替レート一ドル一二九円〇五銭)まで下落し、本件三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)で僅か二万一二九四円の価値しかなくなり一六九八万〇九六六円の評価損となったこと、その後、日商岩井の株価は本件ワラントの行使価格である一株八七七円六〇銭を上回ることなく行使期限である平成五年二月二四日を経過し、原告が購入した本件ワラントはすべて消滅したこと)、以上の事実は、当事者間に争いがない。

2  また、抗弁1及び2記載の事実(原告が住友商事傘下のスーパーマーケット「サミット・ストアー」の専務取締役で、昭和六一年一二月一二日頃に被告支店で取引口座を開設して以来、別紙「売買取引計算書」記載のとおりの取引を行ない、本件ワラント取引以前にも被告主張の一連のワラントの取引を行なっていたこと、平成三年六月二七日に購入された本件ワラント②は、原告から訴外高橋に対して買受けの希望があったもので、訴外高橋が勧誘したものではないこと)も、当事者間に争いがない。

二  当裁判所の判断

1  そこで、判断するに、当事者間に争いがない前記の諸事実と、甲一〇号証(原告の陳述書)、乙一号証(口座設定申込書)、乙二号証(総合取引申込書)、乙四号証(ワラント取引確認書)、乙五号証(店頭取引確認書)、乙七号証(売買取引計算書)、乙八号証の一・二(ワラント取引説明書)、乙一〇号証の一ないし六(回答書)、乙一一号証(堀本和城の陳述書)、乙一二号証(高橋宏の陳述書)、乙一三号証の一ないし三(ご案内の文言改正について)、乙一五号証の一ないし八(外貨建てワラントの時価評価のお知らせ)、乙一六号証(価格推移リスト)、証人堀本和城の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一)  現在、住友商事傘下のスーパーマーケット「サミット・ストアー」の専務取締役として店舗開発部、企画開発部を統括している原告は、かねて株式取引に興味を持ち大和証券と取引をしていたが、昭和六一年一二月一二日、被告支店の窓口を訪れて取引口座を開設し、同月一五日に石川島播磨の株式六〇〇〇株(二七九万〇九八〇円)を買付けて以来、別紙「売買取引計算書」記載のとおり、多数回にわたって株式やワラントの売買を行なっていて、本件で問題となっているワラント取引についても、昭和六二年一〇月五日にメルシャン・ワインのワラントを買付けたのをはじめ、同月一六日には小田急電鉄のワラントを買付け、昭和六三年三月一六日には右メルシャン・ワインと小田急電鉄のワラントを売付け、平成元年一月九日には神戸製鋼所のワラントを買付けて同月一八日にはこれを売付け、右同日、東洋建設のワラントを買付けて同月二三日にこれを売付けたほか、同年三月一日には再び神戸製鋼所のワラントを買付けて同年四月一二日にはこれを売付け、同年一二月一三日には大阪瓦斯のワラントを買付けて同月二七日にはこれを売付けるなどの取引を行なっていた。

(二)  原告は、平成元年一二月二七日に日商岩井の株式一万九〇〇〇株を一株一二〇〇円(合計二二八〇万円)で購入したが、日商岩井の株式は平成二年五月頃には一株約八〇〇円程度まで値下りしたため、計算上では約七六〇万円程度の損失が生じていた。そこで、原告は、平成二年五月七日、被告支店の営業課長代理であった訴外堀本に勧められて、右日商岩井の株式一万九〇〇〇株を売却し、その売却金(合計一五二九万五〇〇〇円)の一部(一三九三万六五六〇円)で、平成五年二月二四日を行使期限とする額面五〇〇〇ドルの日商岩井のワラントを、額面の一六ポイントである八〇〇ドル(一ドル一五八円三七銭で一二万六六九六円)で一一〇ワラント購入した(本件ワラント①)。この際、訴外堀本は、原告に対し、「ワラントは、株価の値上り値下りに対して二〜三倍の値上り値下がりをするから、仮に、株価が一〇〇〇円、ワラントが三〇ポイントにでもなれば一挙に損を取り戻せる」などと言って、本件ワラント①の購入を勧めた。

(三)  日商岩井の本件ワラントは、原告が購入してから約一〇日間を経過した平成二年五月一六日頃、額面(五〇〇〇ドル)の二〇ポイントまで値上りし、直ちにこれを売却すれば四ポイント(一ワラントにつき二〇〇ドル、一一〇ワラントで二万二〇〇〇ドル、適用為替レートを一ドル一五〇円として計算すると合計三三〇万円)利益が見込まれたので、訴外堀本は、原告に対し、本件ワラント①の売却を勧めたが、原告は、さらに値上りするのを待ちたいと言って訴外堀本の勧めを断わった。

しかし、その後、株式市況全般が値崩れして日商岩井の株式も値下りしたため、日商岩井のワラントも、平成二年八月三一日には額面の8.5ポイントである四二五ドル(適用為替レート一ドル一四四円四五銭)に下落したため、原告が購入した本件ワラント①は、計算上、一一〇ワラントで四万六七五〇ドル(六七五万三〇三八円)の価値となり、七一八万三五二二円の損失が生じたこととなり、さらに平成三年五月三一日には額面の3.0ポイントである一五〇ドル(適用為替レート一ドル一三七円八五銭)まで下落したため、同じく一一〇ワラントで一万六五〇〇ドル(二二七万四五二五円)の価値しかなくなってしまい、一一六六万二〇三五円の損失が生じていた。

なお、被告支店で原告を担当していた訴外堀本は、平成三年五月に岸和田支店に転勤となり、訴外高橋がその後任となった。

(四)  原告は、右のように日商岩井のワラントの価格が予想以上に下落して回復しないため、株式売買で買付株式の値段が下がった場合に買付価格を平均化するための手法の一つである買増し(ナンピン買い)を行なうことを思い付き、平成三年六月二七日頃、被告支店に電話をして訴外堀本の後任である訴外高橋に対し、ナンピン買いをしたいがどうだろうかと相談した。訴外高橋は、訴外堀本の後任ではあったが、訴外堀本から原告のワラント取引について十分な引継ぎを受けていたわけではなかったため、何とか損を取り返したいとの原告の意図を必ずしも正確に把握していなかった。そこで、訴外高橋は、被告の本社に電話をして日商岩井のワラントの価格が額面の2.0ポイント(一〇〇ドル)であることを確認した上、この時点で日商岩井のワラントを買増しすることの危険性について特段の説明をすることなく、原告の希望に応じる形で二二〇ワラント(合計三〇六万五七〇〇円)を販売した。

ちなみに、この原告のワラント買付けについては、被告本社のワラント課から訴外高橋に対して疑問が投げかけられたが、訴外高橋は、原告に対して、被告本社からも疑問視されるような取引であることを全く説明しなかった。

(五)  その後、日商岩井の本件ワラントは、一向に価格が回復することもなく、平成三年八月三一日には額面の0.25ポイントである12.5ドル(適用為替レート一ドル一三七円一五銭)に下落し、原告が購入した合計三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)で僅か五六万五七四四円の価値しかなくなり、一六四三万六五一六円の評価損となった上、平成四年五月二九日には額面の0.01ポイントである0.5ドル(適用為替レート一ドル一二九円〇五銭)になってしまい、本件三三〇ワラント(代金合計一七〇〇万二二六〇円)で僅か二万一二九四円の価値しかなくなり、この時点で一六九八万〇九六六円の評価損となった。そして、日商岩井の株価は本件ワラントの行使価格である一株八七七円六〇銭を上回ることなく行使期限である平成五年二月二四日を経過し、原告が購入した本件ワラントは、その行使期限の経過によってすべて消滅したため、原告は、その投資金額全額を失った。

(六)  なお、本件ワラント取引以前に原告にも同種内容の文書が交付されている被告作成の「ワラント取引説明書」(乙八号証の二、昭和六三年一月現在のもの)によれば、「ワラント債」という項目(二頁)で、「ワラントという言葉は、もともと英語の権限・根拠・保証といった意味ですが、ここでの定義は、「一定期間(行使期間)内に一定価格(行使価格)で、一定量(一ワラント当りの払込額÷行使価格)の新株式を購入(引受け)できる権利を有する証券」です。」とされ、三頁の「ことば」欄では、「行使期間とは新株式を購入(引受け)できる期間のことで発行時にきめられています。この期間中にワラントを行使しないと、ワラントの経済的価値はなくなります。」と説明されている。また、「ハイリスク、ハイリターンのワラント投資」という項目(八頁)では、「株式の数倍の速さで動くということがワラントの最大の特長です。値上がりも値下がりも株式の数倍の速さで動くことになるからです。値上がりすればハイ・リターン、値下がりすればハイ・リスクになることになります。」と説明され、「外貨建てワラント」の項目(三頁)では、「外貨建てワラント債に投資する場合には、為替の影響を考慮に入れる必要があります。ワラントの価格が一定だとしても、為替が購入時よりも円高になれば、為替差損が生じ、逆に円安になれば、為替差益が生じることになります。」と説明されている。

2 右に認定した事実によれば、本件ワラント①の取引に際して、被告支店の担当者であった訴外堀本は、原告に対して、「仮に、株価が一〇〇〇円、ワラントが三〇ポイントにでもなれば一挙に損を取り戻せる」などと調子の良いこと言って本件ワラント①の購入を勧誘しており、違法の疑いが全くないわけではないが、他方、原告が住友商事系列のスーパーマーケットの専務取締役として一般人以上の社会的判断能力や経済的常識を有していること、原告はそれまでに何度も株式取引やワラント取引の経験があり、その経験から、ワラント取引が通常の株式取引よりもハイリスク、ハイリターンであることや、証券会社の営業マンのセールス・トークが概ね過剰な期待を前提とした根拠の不確かなものである場合が多いことなどについて十分に了解していたはずであること、日商岩井の本件ワラントは、原告が購入した約一〇日後には額面の二〇ポイントまで値上りし、訴外堀本から本件ワラント①の売却を勧められたのにもかかわらず、原告は、それ以上の値上りを期待して自分の判断で売却を拒否したものであって、右訴外堀本の勧めに応じて売却していれば本件の損失は生じなかったことなどに照らして考えるならば、本件ワラント①の取引による損失については、原告の自己責任というべきものであるから、被告の責任を追及することはできないというべきものである。

3 これに対して、本件ワラント②の取引については、少なからず事情が異なるというべきものである。すなわち、前記認定・説示のとおり、原告は、日商岩井のワラント価格が下落し続ける中で、多少なりとも損失を回復させるため藁にもすがる思いでワラントの買増し(ナンピン買い)を検討し、これを被告支店の担当者である訴外高橋に対して相談したところ、訴外高橋は、被告の本社に電話をして日商岩井のワラントの価格が額面の2.0ポイント(一〇〇ドル)であることを確認した上、この時点で日商岩井のワラントを買増しすることの危険性について特段の説明をすることなく、原告の希望に応じる形で二二〇ワラント(代金合計三〇六万五七〇〇円)を販売したものである。

しかしながら、そもそも、この時点で額面の2.0ポイントの価値しかない日商岩井のワラントを買い付けることについては、被告本社のワラント課からも訴外高橋に対して疑問が投げかけられたというのであるから、証券会社の担当者である訴外高橋としては、原告に対して、右買増しの危険性について十分に説明し、買増しを思い留まるよう説得するなど、顧客に無用の損失を与えることがないように配慮すべき信義則上の義務があったのに、前任の訴外堀本から原告の本件ワラント取引の経緯などについて十分な引継ぎを受けていなかったことや訴外高橋自身のワラント取引の危険性に対する認識の甘さなどから、被告本社からも疑問視されるような取引であることについて、原告に対して全く説明しなかったのであって、仮に、そのような説明がなされていたならば、原告としても本件ワラント②の買増しをしなかったのではないかと考えられる。したがって、訴外高橋には右義務を怠った過失があるというべきである。

他方、原告は、これまでに認定・説示したとおり、名の知れたスーパーマーケットの専務取締役として一般人以上の社会的判断能力や経済常識を有し、株式取引やワラント取引についても経験があり、その取引のメカニズムの細部まではともかく、ワラント取引がハイリスク、ハイリターンであること自体は知っていたことが窺われるから、少し冷静に考えさえすれば、平成三年六月の時点で額面の2.0ポイントにまで下落していた日商岩井のワラントを買増しすることが危険性の高いものであることを容易に理解することができたはずであるのに、計算上生じた損失に目を奪われ、ワラント取引と株式取引との違いを考慮することなく安易にナンピン買いの手法に頼ろうとして本件ワラント②を買増ししたものであるから、原告にも過失があるというべきであって、右に認定・説示の全事情を総合勘案するならば、原告の過失割合は五割と判断するのが相当である。

4  ちなみに、本件ワラント取引②によって原告に生じた損失は、前記認定のとおり、三〇六万五七〇〇円であり、この金額から右に説示した原告の過失相殺分五割を控除すると、原告に認めるべき金額は一五三万二八五〇円となる。

三  結論

以上の次第で、原告の本件請求は、金一五三万二八五〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとした上、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九二条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して相当と認められる主文第一項に限ってこれを許すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官須藤典明)

別紙<省略>

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